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横須賀製鉄所物語

柴田日向守の渡仏その2

横須賀製鉄所物語<76>

柴田日向守一行は、フランス人技術者の採用についてはヴェルニーに任していましたが、採用決定に当たっては柴田日向守に事前相談がなされていました。そして、人選についてはヴェルニーがブレスト市の海軍工廠に勤務していたこともあり、また、技術者の実力を十分熟知していたこともあり、ブレスト海軍工廠勤務の人が目立ちました。この技術者採用について横須賀市立自然人文博物館菊池学芸員によれば「ブレストの海軍施設は、ヴェルニーが本国で技師として所属して勤務した唯一の海軍工廠で、現在もフランス海軍の拠点である」としています。更に「横須賀製鉄所に雇用されたフランス人技術者で最も多いのは、ブレスト市やその近郊の勤務者や出身者であり、横須賀製鉄所建設への技術移転や当時の交流の様子を窺い知る上でも重要な地域であると言える」としています。

そのブレスト市とは1970年(昭和45年)横須賀市との間で姉妹市提携が行われ、交流が続けられています。

柴田日向守一行は、技術者の採用、機械類の購入の合間を縫ってツーロン、マルセイユ、ロリアン、ブレストの港湾施設や造船施設を視察し、更には水道、下水道、病院、新聞社など日本の近代化に向けての施設を視察しました。また、都市のランドマークであるエッフェル塔、凱旋門、ノートルダム寺院等も見学しています。また、フランスの視察中にイギリスにも渡り、軍港、造船所の外議事堂、ウエストミンスター寺院なども見学しています。

柴田日向守一行が全ての任務が終了し、12月3日にマルセイユ港を出港し帰国することになりました。その後、1月26日には横浜港に無事寄港することになりました。

そして、フランスで採用した技術者などは、『横須賀海軍船廠史』の慶応2年紀によりますと、10月3日ヴェルニー以下全員が到着したと記されています。

ここに、横須賀製鉄所建設への準備が整うこととなりました。

(元横須賀市助役 井上吉隆)